Japonia Hortus

key to understand the Japanese garden

江戸時代


 安土桃山時代は徳川家康が関ヶ原合戦で勝利し幕府を開いたことで終わり、政治の中心は江戸・今の東京へと移る。徳川幕府は大名に参勤交代を義務付け、文化振興を推奨した。

 その結果大名たちは江戸と藩の間を行き来することとなり、江戸と国元に道中で見た風景を模して造った大名庭園を造った。大名庭園は枯山水や露地庭など幾つかの庭園様式を混ぜた構造をしており、中央に池を置きその周りを回遊することで、いろいろな方向から庭園を眺め楽しめるようになっていた。江戸市中の半分ほどは大名などの家屋敷及び庭園で占められていたといわれている。

桂離宮
頼久寺
 造園技術としては刈り込みばさみが使われ始め、刈り込み物が江戸時代から刈り込み物が盛んに作られるようになる。そして品種改良が流行し、桜・菊・ギボウシなどに多様な品種が生み出され、そのいくつかは今でも市場で流通し続けている。

 この時代には造園書が数多く出版され、造園の仕方・決まり事・そして禁忌について作庭家が知識を共有する事ができるようになる。その反面江戸後期には形式化された庭園が造られるようになり、作庭家が独創性を発揮することが少なくなり日本庭園は単調になっていってしまう。


日本庭園の歴史と種類