Japonia Hortus

key to understand the Japanese garden

安土桃山時代


 室町時代後期足利家の後継者争いにより応仁の乱が勃発、足利家は急速に各地の大名への影響力を失って行き戦国時代に突入する。織田信長と豊臣秀吉が天下統一に乗り出し、織田信長が本能寺で倒れると、豊臣秀吉が家中をまとめ他大名を征服し日本一統を成し遂げる。

 この時代の庭園の特徴は巨石や名石を庭に大量に運び込み豪快に組まれた点である。大名は巨石を運び込むだけの人員の動員力があり、名石を集められる人脈・金銭があることを居城に招いた他大名や商人に見せつけるために恣意的に石が組まれた。

徳島城表御殿
桂春院(江戸時代)
 また千利休が二人の天下人に支援され、茶道を大成させ露地庭(茶庭)が誕生する。露地庭はこの時代の豪勢な庭に反し、質素で落ち着いた風情の庭で、訪問客が世俗と離れ茶会に参加できるよう市中の山居を目指したものだった。露地庭が造られいま日本庭園でよく見る、燈篭・飛び石・蹲などが庭園内の景物として用いられるようになると共に、格式ばった書院造り建築を嫌い素朴な木材などを使った数寄屋建築が造られるようになる。

 後に千利休は豊臣秀吉の悋気に触れ切腹させられるが、弟子の古田織部や小堀遠州が茶道を進化させていき、江戸時代に入ると千家が再び復興され現在でも日本茶道の普及に努めている。


日本庭園の歴史と種類