Japonia Hortus

key to understand the Japanese garden

室町時代


 鎌倉時代末期に起きた皇位継承権を巡る混乱により、後醍醐天皇が討幕を呼びかけ足利尊氏や新田義貞などが蜂起、鎌倉幕府を滅ぼし建武の新政が始まる。しかし不公平な恩賞により武士の不満が募り足利尊氏が離反、後醍醐天皇と争っていた皇族を天皇に据え戦い、一時後醍醐天皇との和解に成功し幕府を開くが後醍醐天皇は奈良吉野に入り南朝を作る。日本に二人の天皇が居る状態となるが、後に足利義満により二つの天皇家は合一された。

 この時代には身分の低い人々の社会進出が見られ、能・画・庭園などの芸術面では多くの人物が歴史に名を残している。足利義満は鹿苑寺を中心に北山文化を足利義政は慈照寺を中心に東山文化を起こし、夢想疎石流の禅庭を鹿苑寺・慈照寺に造った。

鹿苑寺
芬陀院
 大寺院は塔頭を多く寺内に造ることにより細分化していき、土地や水脈の不足から新しい庭園様式・枯山水が生まれた。枯山水には色彩や動きを制限できることから、静かで厳粛な修行空間としての庭として多くの寺院で取り入れられていく。

 また書院造り建築が形式化され、多くの寺院がこの様式で建てられ方丈及び書院の間などに庭園が築かれる。方丈は主に建物の南側に造られ信者などの応対に使われ、書院の間は住職の私的空間としての庭が造られるようになった。


日本庭園の歴史と種類