Japonia Hortus

key to understand the Japanese garden

奈良時代


 奈良時代は天皇が平城京に遷都した時から始まる。平城京は中国の長安を模して造られ、碁盤の目状に道を走らせる造りとなっている。その姿は今でも上空から見ることができる。平城京は中央集権のための政治的な都でで住民のほとんどは公家と役人で構成されていた。
 奈良時代は中国の庭園文化を吸収すると同時に日本庭園の個性を主張し始めた時代である。
平城京三京三条二坊宮跡
平城京東院
 平城京東院は奈良時代の代表的な庭園である。庭園内には曲水の宴(川に盃を浮かべ、流れてくるまでに短歌を詠む遊び)で使われた遣水など中国の影響が見える。その反面、池に中島を置くことや州浜(小石を敷き詰め護岸としたもの)は海を身近に感じていた日本特有の造園技術と言える。(注意:この時代の庭園についてはどれが日本でどれが中国の物だと断定するのが難しい面があり。この時代の中国庭園がほとんど現存していないため比較研究が進んでいない状況にある。)この庭園は三回ほど改修されており、回を重ねるごとに曲線を増やし日本庭園らしく変わっていったことがわかっている。
 日本庭園がいつから始まるかを断言することは難しいが、私は奈良時代が日本庭園としての始まりだと思っている。

日本庭園の歴史と種類