Japonia Hortus

key to understand the Japanese garden

縄文、弥生及び古墳時代


 今のところ、この時代に庭園が存在したことを示すものは出てきていない。しかし、日本庭園の源流をこの時代の石や土を使った遺跡に感じることができる。
 古代日本人は自然宗教を信じ、石・木・山などに神聖さを感じていた。縄文時代には石を並べる環状列石が確認され祭事の場となっていたと考えられている。特に巨石には神が下りてくる依り代として祀られ、後には日本人自らが石を組むことにより神を招くようになってゆく。この石組み及び自然石を磐座とよび、石で神域を囲い結界を作ったものを磐境と言う。その他神域に池を穿ち中島を置き、神を祀る神池・神島も生まれた。一つの神島には通常一柱の神が祀られ、阿自岐神社などは13柱の神を祀るため13の島が作られたと考えられている。
楯築神社
五色塚古墳
 古墳時代に入ると、大和朝が力を強めていき日本各地に影響を及ぼしていき、巨大な前方後円墳を各地に作り始めた。
 古墳を作るには大量の土を運ぶ労働力、石室を作る加工技術が必要なため巨大な古墳は、ただ埋葬するための場所だけでなく権力を誇示する手段ともなった。前方後円墳は日本各地、遠くは韓国の一部に作られるほど広がり、後の造園土木工事の礎となったと考えられる。
 通常前方後円墳は誰も管理せず森のようになっている。だが五色塚古墳は兵庫県最大の前方後円墳で、昭和に復元工事が行われ当時の姿が再現されている。造られた当時の前方後円墳を理解するのに最適の古墳だと言えるだろう。

日本庭園の歴史と種類